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【光村コラム】オープンイノベーション 大手企業による“搾取”にご用心 

※本記事は2021年9月2日にBASE Qメールマガジンより配信された内容を転載しております。

大手企業がスタートアップとマッチングするための手法の一つに「コーポレート・アクセラレーター」があります。
簡単に言うと、大手企業が領域やテーマを掲げ、自社とのコラボレーションを望むスタートアップを募集するもの。もともとは米国でディズニーなどが成果を挙げたことで注目され、2015~2016年くらいから日本の大手企業でも盛んに行われるようになりました。最近は大手企業だけでなく、地方自治体などでも採用されています。

じつは日本には、スタートアップに関する公式の統計がなく、国内で活動しているスタートアップの数ははっきりとはわかっていません。しかし、少なくとも数千社あるスタートアップを大手企業が自ら探索し、協業や出資を持ちかけるのは多くの手間がかかります。協業に現実味のあるスタートアップと効率的にマッチングする方法として、コーポレート・アクセラレーターの意義はあると、私も考えます。

続発する「知財トラブル」

しかし最近、このコーポレート・アクセラレーターでトラブルが散見されます。
2021年5月、ある大手企業が主催するコーポレート・アクセラレーターで公表された参加規約に、以下のような文言が盛り込まれていました(現在は削除・修正済み)。少し長くなりますが、引用します。

「1.本プログラムの実施規定で参加者が開発した発明、アイデア、ノウハウ、著作物等に関する知的財産権その他の権利は、参加者が留保するものとします。ただし、当社又は本主催者若しくは本関係者が権利を有する発明、アイデア、ノウハウ又は著作物等を基礎とし、又はこれに依拠等して開発されたものについてはこの限りではないものとし、その知的財産権は、当社又は本主催者若しくは本関係者に帰属します。
2.次の各号のいずれかに該当する場合を除き、当社又は本主催者若しくは本関係者は、参加者に知的財産権が留保される本プログラムの成果であっても、本プログラムの終了後を含め、無償で自由に利用できるものとし、参加者はかかる利用権を許諾します。(以下略)」

簡単に言うと、コーポレート・アクセラレーターに参加したスタートアップのアイデアは参加したスタートアップに帰属するものの、同時に主催した大手企業側が無償で自由に利用する権利も得る、という定めです。
「本プログラムの終了後を含め」とも書いてありますので、その大手企業が後日、スタートアップと協業せずに自社単独や他の会社とのビジネスに、そのアイデアを流用しても問題ない、というようにも読めるのです。

この規約に対し、主にスタートアップ側から「これでは知財や成果物を搾取されるリスクがある」と問題視する声が挙がりました。
結果、このプログラムをコーディネートしている企業(コーポレート・アクセラレーターの支援ではもっとも実績がある会社の一つ)から、「この条文は不適切」という見解が示され、修正と謝罪が表明されました。

当時、私もある知人からこの規約の存在を教えられ、その内容に驚いたものです。
大手企業のコーポレート・アクセラレーター支援に実績がある企業がこのような規約を採用するとは思ってもいなかったものですから。

業界大手の会社が引き起こしたこのトラブルは、界隈ではそれなりに話題になったのですが、その後も似たような事象は発生しています。

例えばある地方の大手企業連合が主催し、主に大学生を対象にアイデアを公募するというプログラムでも、アイデアの著作権は主催企業側に帰属する(学生は主張できない)という規約がありプチ炎上。
一時、募集を停止する事態に発展しました(現在は規約を修正して受付を再開していますが、HP上では規約を更新したとあるのみで、以前の規約の問題点について言及する文言は見当たりませんでした)。

「本当の意味のオープン性」と「相手に対する敬意」

このような規約を策定する大手企業側の論理も、わからなくはありません。
自らが手間とコストをかけて実施するプログラムの成果を、なるべく自身の手中に残したいという考えは、ある意味では自然なことです。

また、ある業界関係者からは「すでに大手企業内で手掛けているのと似たようなアイデアが応募された場合、後日大手企業がそのアイデアを事業化した場合に『アイデアが剽窃された』という抗議を回避するための手段」という話も聞いています。
しかしそれは、大手企業側の理屈でしかなく、参加するスタートアップ側の理屈や心情を無視したものでないかと、私は思います。

立場が違えば、異なる理屈があるというのは世の常。そこが完全にフラットになることなどあり得ません。
しかし、少なくとも「オープンイノベーション」を標榜するのであれば、まさにオープンに相手方の理屈も思慮すべきだし、優越的な地位をもとに相手に自分の理屈を押し付ける態度は避けるべきではないでしょうか。

私はかねがね、大手企業がスタートアップと連携するために必要なのは「本当の意味でのオープン性」と「相手に対する敬意」と主張してきました。

「本当の意味でのオープン性」とは、単に門戸を開くだけでなく、出せる情報はすべて出す、自分の悩みや課題ややりたいこともすべて出す、ということです。
そうすることで初めてスタートアップに大手企業の強みと実像が伝わり、本質的な議論や連携につながります。手札を隠したまま、謎掛けのような話をしていては、忙しいスタートアップからは相手にされなくなります。

「相手に対する敬意」とは、スタートアップが自分たちにできないことを担ってくれる存在である、という認識を持つことです。
大手企業が自ら起こせないイノベーションに取り組むスタートアップは、大手企業から見れば本来「三顧の礼」で迎えるべき相手と言えます。

彼らのプロダクトやビジネスが未成熟であるというのは別の問題で、それはそれでシビアに検証し、ともに乗り越えていくべきですが、そのビジョンや挑戦心、そして挑戦したことで得た「学び」は、彼らにしかないものです。

アイデアは実現してなんぼ

コーポレート・アクセラレーターにおける知的財産権に関する私自身の基本的な見解を述べるなら、以下のとおりになります。
•知的財産権はスタートアップに帰属する
•大手企業は、応募されたアイデアについて「連携・協業を持ちかける権利」を留保し、スタートアップもそれを尊重する
•ただし、スタートアップはそのアイデアをもとに他の大手企業と連携・協業することを妨げられない
主催する大手企業の立場や募集するテーマによってはケースバイケースになることもあるでしょうが、基本的にはこう考えます。

この根底には「アイデアは、ただアイデアであるだけなら意味がない」という考えがあります。
つまり、アイデアは実現するように動いてなんぼ、ということです。

大手企業は、そのアイデアを自社に取り入れたいなら、さっさと協業に進めばいいわけで、その際にきちんと協業のスキーム、知財や成果の配分等を議論して決めればいい。
その際には、お互いの強みや弱み、役割分担などもよりクリアになっているでしょうから、かなり具体的かつ実践的な議論ができるようになっているはずです。
少なくとも、入口であるコーポレート・アクセラレーターの時点でシビアに自身の立場を主張する必要はないと思います。

なお、現在の日本で行われているコーポレート・アクセラレーターに対しては、さまざまな問題・課題が山積しており、今の方法でやり続けることに対して概ね否定的な立場をとっています。
これについては、稿を改めてお伝えできればと思います。

※本記事は2021年9月2日にBASE Qメールマガジンより配信された内容を転載しております。

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光村圭一郎(こうむら・けいいちろう)

1979年、東京都生まれ。 早稲田大学第一文学部を卒業後、講談社入社。2007年、三井不動産に転職。 ビルディング本部にて開発業務、プロパティマネジメント業務に従事。その後、2012年より新規事業担当。三井不動産初の本格的なインキュベートオフィス立ち上げを主導。2018年には、東京ミッドタウン日比谷に『BASE Q』を開設し、大手企業のオープンイノベーションを支援するプログラムの提供を開始。